イケムラレイコ うさぎの年

Leiko Ikemura. año del usagi at Museo de Arte de Zapopan, 2023.

イケムラレイコ個展

キュレーター:ヴィヴィアナ・クリ・ハッダード

Usagiとは日本語の「うさぎ」のことですが、そこから連想されるのは、右へ左へと飛びまわり、既存の直線的なシステムを打ち破ることのできる守護的な魔力を持つ存在です。日本人アーティストイケムラレイコは日本からヨーロッパ ― スペインを皮切りにスイス、ドイツ ― へと移住した経歴を持ち、新しい言語や世界へ飛び込むこと、新しい環境を探索することの達人と言えます。本展「うさぎ年」では空想の世界が魔法のように呼び起こされます。そこでは、彼女の作品のなかにさまざまなかたちが経歴、地理、文化、芸術の境界を飛び越えてダイナミックに表現されてゆくさまが反映されています。また、左右に飛び移ることのできるうさぎは、限定された空間や昼と夜・生と死のあいだの行き来、永劫回帰といったイケムラの関心にも沿ったものと言えるでしょう。

本展は上下階で2つの対称的なギャラリーに分かれています。下階が象徴するのは生命がひっそりと眠りにつく夜です。ここで映されている大型のビデオ作品《リビング・ノクターン》は、静止した夢の風景のように見えつつも、暗闇のなかでさまざまな生命を生み出すミクロな宇宙を内包しています。ほとんどとらえることのできないような映像の動きから抽象絵画的な地平が徐々に見え始め、それが絶え間ない創造の過程であることがわかります。黒を基調とした映像は他の色彩をより鮮やかに見せています。

上階にはこのほかに陶製の作品《うさぎドリーミング》が展示されます。うさぎが見ている夢に登場するのは幻想的な存在やうさぎの耳を持つ少女のようなハイブリッドな生き物、はたまた何千年もの記憶を抱いた空想世界の大気でしょうか。

空間の概念、そして空間を知覚することはこの作品に不可欠な要素です。浮遊する島々に招き入れられた鑑賞者はそこに座ることで展示の一部となります。幻想的な風景に入り込み、作家の内なる宇宙を共有するよう誘う作品です。

イケムラレイコが魅入られているとでも言えるのは、すべての生き物が自然や宇宙と一体化するという考えであり、この考えは彼女が用いるさまざまな技法に反映されています。陶芸は絵画とダイレクトに呼応し、さらに陶芸と絵画が詩作へとつながっていきます。これらのアプローチは全体から見て、隔てられた世界のあいだの透明性、闇が光へと変わる移行を想起させるのです。

上階は光の空間であり、下階で眠りについていたものたちは昼の存在へと変貌を遂げます。作家が本展のために特別にグアダラハラで制作した一連の水彩画が展示され、その横の壁には絵から現れ出たような詩が書かれています。イケムラが日本語で俳句や詩を書くときはひらがなを用います。ひらがなとは女性が漢字を学ぶことを許されなかった古代に考案された簡略型の文字です。詩がもともとはスペイン語で書かれたものであっても、明確でシンプルなビジョン、つまり本物であることはひらがなから失われることはありません。

2枚の絵のキャンバスの表面は油絵具で完全には覆われておらず、縦糸の麻が部分的に見えています。これはイケムラが、絵のモチーフとあいまってゲートウェイとして機能するようなすきまや内と外の二元性、画布の透明性を再び示しているかのようです。さらに上階のスペースには、動物の耳を持つ不思議な生き物、植物のかたちに変化した頭、呼吸する山、子供の顔に融合したような湖など、さまざまなかたちの陶製作品が展示されています。

展覧会タイトルの「うさぎ年」は、冬至から2番目の新月が昇る頃に始まる旧正月にちなんでいます。2023年はうさぎ年です。干支におけるうさぎは長寿、平和、繁栄を表し、2023年は希望の年として期待されていますが、さてどうなるでしょうか。

出典:サポパン美術館

 

Museo de Arte de Zapopan(サポパン美術館)
Andador 20 de Noviembre 166
C.P. 45100 Zapopan, Centro
Mexico

tel. +52 33 3818 2575
https://maz.zapopan.gob.mx/