秘密の距離 写真家バーバラ・ニグル・ラドロフ 1958~2004

Head, 1988, oil on wood, 50 x 41 cm © Leiko Ikemura and VG Bild-Kunst Bonn, 2021. / Photo: Lothar Schnepf.

バーバラ・ニグル・ラドロフ(1936-2010)は、瓦礫の中で過ごした青春時代ののちに、戦後のミュンヘンの人々や出来事をとどめておく手段として写真に出会いました。初期にフォトジャーナリストであった経歴と芸術家のポートレートに集中的に取り組んできたことによりラドロフの印象的な作品は生み出されてきました。死後遺された写真作品は2018年にラドロフの遺族からミュンヘン市博物館の写真コレクションへ寄贈されましたが、この寄贈品には2500枚以上のプリントと、ラドロフがアーカイブしていた合計5万枚以上の撮影ネガが含まれていました。彼女の作品は1945年以降のドイツの写真において特別な位置を占めているにもかかわらず、今日までほとんど知られることのないままです。ミュンヘン市立博物館では大規模な回顧展を開催し、この作品を初めて一般公開します。

バーバラ・ニグル・ラドロフはミュンヘンの服飾職人養成校で予備教育を受けたのち、戦後ドイツの写真学校を代表する存在であったミュンヘンの「フォトジャーナリズム研究所」で写真を学び、そこでハンス・シュライナーに師事しました。彼女の写真は早期のうちに南ドイツ新聞に掲載され、1960年には当時唯一の女性として雑誌「ミュンヒナー・イルストリエテ」の専任写真家として出版社に職を得ました。彼女の写真は雑誌「Quick」や「twen」、有名な年鑑「ドイツ光画」にも掲載されています。バーバラ・ニグル・ラドロフはミュンヘンをはじめ、モスクワ、パリ、エルサレムなどで社会のあらゆる層の人々を撮影し、また国際的に著名な作家や芸術家のポートレートを撮影しました。1966年、彼女は夫のギュンター・ラドロフとともににぎやかなシュヴァービングを離れ、シュタルンベルグ湖畔のフェルダフィングに移り住みました。フォトジャーナリストを目指して努力してきた彼女は家族のためにキャリアを一旦中断したのです。カメラから離れて数年間を過ごしましたが、1970年代半ばからは芸術家のポートレイトに新たな活力を注ぎ込みはじめました。この第2の制作期間にラドロフは国際的な芸術家や文学者のポートレイトを数多く撮影しています。これらは1986年以降ラドロフの自宅からほど近いアーティストハウス、ヴィラ・ヴァルトベルタに芸術家たちが滞在していた際に撮影されました。

ハンナ・アーレント、マックス・ホルクハイマー、エーリッヒ・ケストナー、カルロ・レヴィ、エミリオ・ヴェドヴァ、カール・ツックマイヤー等の世界的に有名な文化人との出会いのなかから、見る者の心に迫り、近くに感じさせるようなポートレートが生まれてきました。そこには相手の心情を思い図るラドロフのスタイルが感じられます。写真はシャープさとボケ、私と公、心理的空間と物理的空間、近さと距離のあいだで揺れ動きます。前景と後景がたわむれあうなかに、鑑賞者は社会が大きく動いていた時代を垣間見ることでしょう。

今回の展覧会ではラドロフの膨大な遺産を初めて公開し、その作品を1950年代から1960年代の報道写真界に関連づけて紹介します。また、ポートレート写真に加え、バーバラ・ニグル・ラドロフが初期に力を注いだ分野であるファッション写真や社会ルポルタージュなども展示しています。彼女の写真はレジーナ・レラング、ハンナ・ゼーヴァルト、ヘルベルト・リスト、エヴェリン・リヒター、リーゼロッテ・シュトレロー、シュテファン・モーゼスといった、ラドロフと同時代の写真家たちのコレクションから選ばれた作品と対話するようなかたちで展示されます。

バーバラ・ニグル・ラドロフは撮影相手の芸術活動の現場を取りこんでポートレート写真にしあげることが多く、今回同時展示されるアーティストの作品にそのことを見ることができるようになっています。ヴィラ・ヴァルトベルタに滞在していた芸術家のなかからイェフダ・アルトマン、ヤーノス・ベル、ルイ・シャーフェス、カタリナ・ヒンスベルク、イケムラレイコ、ヒラリー・カシリ、ジェリー・ゼニウクの作品が展示されます。

出展作家:Yehuda Altmann, Janos Ber, Bettina Böhmer, Alexandra zu Dohna, Liselotte Erben, Heide Heidemann, Katharina Hinsberg, Ingeborg Hoppe, イケムラレイコ, Hilary Kashiri, Elke Körver, Peter Kühn, Herbert List, Rolf Mangold, Uwe Marek, Stefan Moses, Barbara Niggl Radloff, Regina Relang, Evelyn Richter, Emil Ruf, Hans Schaidhauf, Johann Sebastian Schaidhauf, Hanna Seewald, Otto Steinert, Liselotte Strelow, Béla Ugrin, Jerry Zeniuk.

 

出典:ミュンヘン市立博物館

 

Münchner Stadtmuseum(ミュンヘン市立博物館)
St.-Jakobs-Platz 1
80331 Munich
www.muenchner-stadtmuseum.de